Chick Corea – The Mad Hatter(1978)

2021年2月9日に Chick Corea が亡くなった。享年79歳。ある種の希少がんだったらしい。
私事で恐縮なのだが、ちょっと前に僕は母をがんで亡くした。享年79歳。もうちょっとで80歳だった。その前年には父をある種の希少がんで亡くしたので立て続けだった。まあそういうこともあって、Chick の訃報は他のミュージシャンの訃報よりも少し重めに僕の心に波紋を残している。
最後にライブ演奏に接したのは2019年の東京Jazzでの再結成Elektric Bandだった。とにかくお元気そうで、いつも通り全身から音楽を演奏する喜びを発散していて、ああこの人は300歳くらいまで元気に活躍しそうだなどと嬉しく思ったのだが、人の生死なんてわからないものだね。
さて、突然の訃報に接してから、拙宅のCDライブラリにある Chick の作品を毎日ひたすら聴き返している。ほぼ同時代的に聴いてきたのでどれも思い入れのある作品ばかりなのだが、中から最も思い入れの深い1枚をピックアップするならば、本作 The Mad Hatter にしようと思う。

僕が本作を初めて聴いたのは多分1983年頃のはず。金のない大学生だった僕は、中古レコード屋まわりを日課にしていて、まずアルバムジャケットに惹かれ、続いてクレジットされた参加ミュージシャンの豪華ぶりに惹かれて本作を購入した次第。
で、カセットテープに録音して、車の中や大学研究室の中でひたすら聴いていた気がする。真夜中に研究室に残って一人で実験装置を製作したり、明け方に森の中(キャンパスが山中にあった)を抜けて車でアパートに寝に帰ったり、本作を聴いているとそういう風景が次々と浮かんでくる。いわゆる思い出のアルバムってやつだ。
そのような個人史的な思い出は別にしても、基本的にはロック少年だった僕にとって、タイトな4ビートから豪華なビッグバンド、更には印象的なボーカル曲と、多様なフォーマットで音楽の楽しさを教えてくれた本作は、リスナーとしての僕の幅を広げてくれた実に素晴らしい先生だった。

思い出話はこのくらいにして、本作の紹介。
Chick Corea(p, kbd) 以外の参加ミュージシャンは、まず奥様の Gayle Moran(vo) 、
Tr.9 だけだが盟友かつ永遠のライバル Herbie Hancock(Rhodes) が客演、
名手 Joe Farrell(ts, fl)、
リズムセクションは Eddie Gomez(b) + Steve Gadd(ds) 組と Jamie Faunt(b) + Harvey Mason(ds) 組が曲毎に交代、
後はホーンセクション Ron Moss(tb) /John Rosenberg(tp) / John Thomas(tp) / Stu Blumberg(tp) 、ストリングスセクション Dennis Karmazyn(Cello) / Denyse Buffum(viola) / Mike Nowack(viola) / Charles Veal Jr.(vln) / Kenneth Yerke(vln) 、といった豪華絢爛な顔ぶれ。
そうそう。The Mad Hatter ってのは不思議の国のアリスの登場人物「帽子屋」のことらしいが、未読なので^^;説明は割愛。曲名の Tweedle Dum / Tweedle Dee / Humpty Dumpty 等もマザーグース等の童話の登場人物。

Tr.1 The Woods
まだアナログシンセ(Poly Moog, Arp Odyssey, Oberheim 他)しか無かった時代に、良くもここまで作ったなあと思う。Chick 一人の多重録音による物語の始まりを告げる神秘的な曲。霧につつまれた深い森の風景が浮かんでくる。Chick はアルバムの始まりでリスナーのハートを掴むのが上手だと思う。

Tr.4 Humpty Dumpty
多くのミュージシャンに今も演奏され続けている名曲。Chick Corea(p) / Joe Farrell(ts) / Eddie Gomez(b) / Steve Gadd(ds) の4ピースでの演奏。ちょっとイタズラっ気を感じるp、ノリノリのts、歌うb、それらをがっしり支える鬼のようにタイトなds。全てがかっちり噛み合って、神業のように精緻にできあがった信じ難い出来の創造物。

Tr.6 Falling Allice
LPのA面では、Tr.4で中間の山場となり、Tr.5の前奏曲を挟んでこのTr.6で一旦の終わりを迎える。
Humpty Dumpty の4ピース組にブラスとストリングスが合流したメンバーでの演奏。
Tr.3と5ではリズムセクションが Jamie Faunt / Harvey Mason で、Tr.4と6は Eddie Gomez / Steve Gadd なのだが、やはりその差は歴然としていて、特に Steve Gadd スゲーと何度聴いても思う。
そして奥様の Gayle Moran の歌声も、品があって素晴らしい。
最後は Chick の p とストリングスで格調高く、余韻を残して終わる。

Tr.8 Dear Allice
感傷的でロマンチックでラテンな名曲。
これを聴くと僕は、後の Elektric Band の Eye of the Beholder(1988) あたりをちょっと連想してしまう。Chick の場合、最初からやりたいこと、響かせたい音楽のイメージが確固としてあって、楽器や録音技術等が進歩してきてそのイメージにようやく追いついてきた時に、新たなバンド形態を立ち上げてチャレンジするということを繰り返しているように思う。
この曲もリズム隊は Gomez / Gadd だ。Chick がソロを弾いているときの Gadd の煽りの入れ方が正気の沙汰ではない。手数の多さ、音符の細かさ。でも決して煩くならない。名人だなあ。

Tr.9 The Mad Hatter Rhapsody
いよいよ大団円。
Chick は艶のある音色の Mini Moog でソロ。後ろで聴こえる Fender Rhodes (電気ピアノ)を弾いているのは盟友 Herbie Hancock だ。共に Miles バンド出身。どちらも電子楽器を使いこなして新たな音楽の地平を切り開きつつ、自身の音楽的ルーツを掘り下げた。Herbie はアフリカへ、Chick は(自身はプエルトリカン系とのことだが)スペインへ。
本作リリースの1978年というと、Herbie はアフリカ(Mwandeshi等)や強烈なファンク(Man Child等)を経て本流 Jazz (VSOP等)に帰ってきた頃か。
どことなく土の匂いを感じる、ややアフタービートのエレピ、でも極めて知的な演奏で Herbie らしい音。一方で、極端に前につんのめりなビートで綱渡りのようなフレーズをニコニコしながら(想像ね)演奏する Chick が好対照。後ろでは Gomez が太い音色で歌うように弾き、Gadd が殺気を感じるような超絶タイトなプレイ。
最後はテーマを Gayle が格調高く歌い、ブラス、ストリングス全部入りで盛り上げる。

何度聴いても変わりない感動を与えてくれる素晴らしい作品。世にこのような素晴らしい音楽を残してくれた Chick Corea に深く感謝しつつご冥福を祈る。

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