Andy Tillison 率いる英国(+北欧メンバー)の Prog バンド The Tangent のスタジオ11作目。
彼らをバンドと言っていいのかどうか・・・。
最初(The Music That Died Alone – 2003)は Andy のソロプロジェクトだったはずなのだが、様々なミュージシャンを招いて2枚目、3枚目とリリースし続け、今や11枚。そして今回は何とこのバンドの史上初めて(!)、前作(Proxy – 2008)と同じメンバーで(メンバーチェンジ無しで)製作されている。
さてそのメンバーだが、Andy Tillison Diskdrive(kbd, vo) / Jonas Reingold(b) / Steve Roberts(ds) / Luke Machin(g) / Theo Travis(sax, fl, Dukduk) の5名。Tr.5だけゲストで Matt Steady(Uilleann Pipes) が参加している。
ところでこの Andy Tillison Diskdrive っていうお名前は、まあCDにそのようにクレジットされているのだ。ほんと面白い人だよね。
Jonas はご存知 The Flower Kings の人。今や欧州プログ界では押しも押されぬ大プロデューサー。
Theo Travis は、現在の Soft Machine のメンバー。僕は勝手に Mel Collins の後継者なんだろうと思っている偉大な名プレーヤー。
Luke は、このバンドではもうお馴染みの凄腕(ほんとに超上手い)ギタリスト。
さて本作について。
誤解を恐れず簡単にまとめると、Prog + AOR みたいな音。
何だかわからんでしょ・・・。
まあとにかく斬新なことをしているよ。これまでの英国らしい Prog の上に、Steely Dan みたいなお洒落なサウンドやら、Frank Zappa みたいな騒々しく楽しいサウンドやらがトッピングされて、それらが見事に一体化しているのだ。歌詞のことはちょっと置いておくと、曲自体は素敵で心地よく、そしてとても聞きやすい。
で、歌詞について。Andy は今回もとにかく饒舌。Tr.2 ではついに散文詩の朗読みたいに、語り言葉でベラベラ喋り始めた。アルバム全体としては、ネット社会とディスコミュニケーション、社会の分断等といった社会的・政治的テーマが中心。とは言え、前々作(The Slow Rust of Forgotten Machinery)のように激しく毒を撒き散らすのではなく、かなり抑制的に感じる。
Tr.1 Life on Hold
Andy は、ネットから膨大な情報が流れ込む人生について歌う。
Jonas が小気味良いグルーブの細かいベースフレーズを弾いている。
そして Luke のギターは本当に上手いなあ。
Tr.2 Jinxed in Jersey
New Jersey に宿泊(細かいことを書くと本当はNew York)して、自由の女神のところまで、「あんまり普通の観光写真みたいじゃない風景を見に」トリップしたときのエピソードを語る。いや最初は歌っているのだけど、そのうち本当に語り始めるのね。途中で遭遇した警官やヒッピーの話とか。
曲調は都会的でお洒落なAOR・・・と思わせておいて、突然重厚な Soft Machine になったり、D’n’Bになったり、Zappa になったり、とにかく芸風が広くて飽きないよ。
Tr.3 Under Your Spell
ちょっとソウルっぽく、素敵なバラード。
豪華なストリングス、しかもピチカート付き。
Luke のギターが、ちょっと昔っぽい太めの音で、短いのだけど素敵なフレーズを奏でたり、その後クリーントーンで Jazzy なフレーズをさらっと弾いたり。いやあこの人は本当に上手い。
Tr.4 The Tower of Babel
ネット社会のコミュニケーションに関するイライラについて Andy がボヤくように歌う。
昭和のボヤキ漫才みたいな、面倒くさい親父キャラだな。
でも曲調はとても素敵でゴージャス。AOR+ソウル路線が継続。
豪華なホーンセクション入り。
Tr.5 Lie Back & Think of England
これが本作のハイライト、28分強の超大作。
Brexit を経て人々の断絶が進む英国。皆自分の意見を主張するだけで、相互理解なんてしようともしない。少し忘れて、許そうよ、いつも変わらずそこに横たわる英国の大地を想って・・・みたいな内容だと思う。
Roine Stolt や Neal Morse あたりも、長大で精密に構築された素晴らしい曲を書くが、Andy は少なくとも彼らと同列に並ぶ偉大な作曲者だ。幅広いジャンルの音楽を取り込んで一体化し、これまで誰も聴いたことが無かった新たな Prog Rock を作り出している。そして、曲を演奏するのはこの業界を代表する名プレーヤー達。スリリングで、チャーミングで、ドラマチックで、28分なんてあっという間。
最後の2分、もうこれでもかと盛り上げ、ドラマチックに、しかし静かに静かに終わる。
これは Prog Rock の歴史に残るとんでもない名曲が誕生したのかもしれない。
Tr.6 The Midas Touch
Midas とはその触れるもの全てが黄金に変化してしまう魔法(というより呪い)を受けたミダス王のことなのだが、この曲では暗く冷たい季節(新型コロナ流行等も含む)の中で冬の太陽を望む気持ちを歌っている。いつかはきっと物事は良くなるのだと。
Tr.7 Proxima
ボーナストラックなのだが、12分オーバーのインスト大曲で、色々と面白いよこれ。
最初のパートをリードする悲しげな音色の笛は、クレジットによると Duduk のようだ。アルメニアのリード楽器。Theo が吹いている。もうこの音だけで泣ける。
リズム隊が入ってきて、ちょっと Pink Floyd 風というか、より正確に言うならば Riverside 風なクラブミュージック通過後のプログレになっていく。
更に曲調を変化させ、Jazz fusion のセッション風に。
Andy の清涼感溢れるオルガンと、Theo のむら息たっぷりなフルートが美しい。ちょっと Kraftwerk の Kling Klang とか思い出したり。
そしてこういうのを演奏させると、やはり Jonas は上手いねえ。
セッション風のまま、明確なエンディング等無く終了。Tr.6 までハイテンションの連続だったので、最後にこの曲でチルアウトするのが丁度よい感じ。
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