Tony Levin のソロ・プロジェクト “Stick Man” から始まったバンド “Stick Men” のスタジオ第1作目。
先行リリースされた “Stick Men” (これはアルバム名)は本作の抜粋なので、本作を買う方がおトクだよ。
その名の通り、Chapman Stick を用いて曲を演奏すべくして結成されたバンド。
その Stick プレーヤーは、名手 Tony Levin と若手 Michael Bernier の2名。
そして、彼らをがっちり支えるのが、Tony と King Crimson (K.C.)で共に活動している Pat Mastelotto(ds) だ。
この Chapman Stick という楽器は、現在多数発売されているタッチギターのはしりの一つで、弦をピックや指で弾いて鳴らす(専門用語で撥弦と言う)のではなく、両手の指をフレットボード(指板)上の弦に叩きつけて音を出す。簡単に言えば、Eddie Van Halen が流行らせたライトハンド奏法(今で言うタッピング奏法)を両手でやっているような弾き方だ。(全然簡単な説明になっていない・・・)
Jazz 界では昔(80年代)、Stanley Jordan という若者が両手タッピング奏法でギターを弾くタッチギターという演奏法で世に出て一世風靡したが、このときは普通のエレキギターを使っていたので、余計なノイズ(開放弦が鳴ってしまう等)が混じる、音の強弱(ダイナミクス)が出しづらい、とにかく音が細い、等のデメリットがあって、まあそんなに流行らなかった。もちろんこの奏法の習得がかなり難しいことも理由の一つ。
一方、Chapman 氏が発明した Stick という楽器は、最初からタッチ奏法をするために作られているので、0フレットがミュートされ弦高も低いのでミストーンが出にくく、サスティーンが長く豊かな音が出せ、通常のギターやベースよりもかなり音域が広い。
では、Stick の演奏がギターの両手タッチ奏法よりも多少簡単になったかというと決してそんなことはなく、習得が恐ろしく難しい楽器の一つだったりする。
左右の8本の指(親指以外)を全て均等に使って演奏するので、ギターやベースよりもピアノに近い発想が必要になるらしい。(むしろギターの演奏経験が無い方が習得が楽とも聞く)
さて楽器の話が長くなってしまったが、本作を一言で言えば、K.C. 愛に溢れた実験的音楽。
但し、本家 K.C. のようなキリキリした緊張感はあまり無く、いかにも Tony Levin らしい穏やかでユーモラスな印象だ。
なお、Stick プレーヤー2名のうち、Tony はどちらかというと低音パート担当、Michael がギター的なパートを担当して、上手いこと棲み分けしているが、どちらも複雑なコードを鳴らしながら演奏するので、トリオ演奏とは到底思えない分厚い出音になっているのが素晴らしい。
Tr.1 Soup
謎の曲名 Soup だが、曲の冒頭で Soup, soup, super-collider … とか叫んでいるので、粒子加速器(陽子や電子等の粒子を電磁的に加速して互いに衝突させることにより物質の成り立ち等を調べる巨大な実験装置)について歌った曲らしい。
いかにも K.C. 的イントロ、Adrian Belew が登場しそうな曲調。
楽しげなラップで、粒子加速器についてあれこれと歌われる。Texas がどうとか、コストがどうとか言っているので、建造中にプロジェクト中止になってしまった SSC (Superconducting Super Collider = 超電導超大型加速器計画、超が並んで凄いな) のことだろう。
Tr.2-4 Hands (pt.1, 2, 3)
これも K.C. 的というか、Fripp 的な手数の多い幾何学的フレーズで始まる曲。
Pat(ds) の手数も半端無い。もともとこの人はパーカッショニスト的な演奏者なので、人数少なめのバンドで空間を埋めるのは得意。
ロックっぽい pt.1、モダンな pt.2 に続いて、6連符の流麗なアルペジオが美しい pt.3 が聞きどころ。
Tr.6 Fugue
疾走感溢れるモダンなプログレ。
バックの、シーケンサー的高速幾何学フレーズは、如何にも Stick らしい演奏。
Tr.7 Sasquatch
ちょっと K.C. の Frame by frame みたいな感じだが、よりユーモラスでポップ。
因みに Sasquatch は、いわゆる雪男のこと。
でかくて毛むくじゃらの雪男がのしのし歩く様が浮かんでくる楽しい曲。
Camel にも同名の曲があるね。少し似ているところもあるがカバーでは無いよ。
こういうポップな曲の伴奏をさせると、Pat のドラミングの魅力が引き立つ。若いときは Mr.Mister で歌伴やって修行を積んでいた人だからね。
Tr.9-12 The Firebird Suite (pt.1-4)
彼らのライブでもお馴染みの「火の鳥」(ストラビンスキー)だ。Yes のライブの開始時に流されたり、プログレ者には人気のあるクラシック曲。
誰でも知っている一番有名なパートは、pt.4 で演奏される。高らかに駆け上がるアルペジオ、盛り上げるシンバルワーク、響き渡る重低音。
Stick 2本=手が4本で、重低音ベース、多声のテーマ、コードを演奏する。音域が広く、同時音数が多いタッチ楽器だからこそ僅か3人でここまで演奏できるのだろう。
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