お気に入りの1枚を取り上げる。
Chroma Key は、元 Dream Theater のキーボーディスト Kevin Moore の個人プロジェクト。
Kevin は自ら vo も取り、kbd に加えて一部の曲では b も弾いている。
ゲストというかほとんどバンドメンバー扱いの強力な助っ人として、Kevin との交友が深い Fates Warning から ds の Mark Zonder と b の Joey Vera が参加。
あと g に Jason Anderson という聞き慣れないプレーヤーが参加している。
Kevin Moore + Fates Warning と聞くと、鬱っぽい根暗なプログレを想像してしまう方もいるかと思うが、本アルバムは不思議なポジティブさと夢見るような浮遊感・酩酊感に満ちた作品になっている。
そして彼らが元のバンド(Dream Theater, Fates Warning)で作り上げてきた Progressive Metal の音像はここにはほぼ無く、どちらかというと欧州的な Electrica に近いかな。
叙情的で映像を想起させるような曲に思索的な歌詞が載り、Kevin が少し掠れたとってもいい感じの声で歌うのだ。本格的にボーカルレッスンを受けたらしいのだけど、なかなか上手いと思う。
ところでプロジェクト名の Chroma Key だが、TV制作等の映像関連の技術で chromakey 合成ってのがある。俗にはめ込み合成とかブルーバックとか呼ばれている技術で、スタジオで撮った人物の背景を別撮りした風景に差し替えたりするときに使われる。Chroma は色、Key はキー信号の意。そこに引っ掛けた名称なんだろうと思うが詳細は不明。本作の中に色に因んだ曲名も出てくるよ。
Tr.1 Colorblind
曲名は色盲の意。
ゆったりしたリズムでちょっと不思議なムードの曲が進行する。
b は Kevin が弾いている。
Tr.2 Even The Waves
前曲の終わり頃からドイツ語で数字を読み上げる女性の声が挿入され、そのままこの曲がスタートする。
この声は短波で流される暗号放送からの録音らしい。
なので、曲名の Waves は放送波のことかと思ったらさにあらず、歌詞を読む限り海の波あるいは潮のこと。
海の上で遭難して波に流されているようで、でも大丈夫、自分は流されていないと歌っている、文字通りの浮遊感に満ちた素敵な曲。
Tr.3 Undertow
ここから b に本職 Joey Vera が加わる。
やっぱ本職は無茶苦茶上手い。
ds の Mark Zonder と共に、絶妙にハネた、でも主張し過ぎない気持ち良いグルーブを作り出している。
Tr.5 S.O.S.
イントロのピアノがぐっとくるなあ。
この曲あたりが本作の代表曲かな。
リリースされてから20年以上も聴き続けているのだけど、全然古びない。
過度に Emotional にはならず抑制的なんだけど、底の方から希望や諦念や悲しみ等の複雑にミックスされた感情が少しだけ香ってくるのが妙に気持ち良い。
Tr.7 On The Page
この曲もイントロの叙情的なピアノがぐっとくる。
本アルバムの中では最も Kevin + Fates Warning 勢らしい、ある種の悲壮感を引きずった曲に仕上がっている。
歌詞の内容も、自分の人生を先に脚本書いて映画に撮ってからその通りに生きた方が(本物よりも)きれいだ(much cleaner on the page)なんて歌っていて、痛々しい。
Tr.9 Hell Mary
結局アルバムの最後にこういう曲を持ってきちまうのは Kevin らしいかも。
曲名はいわゆる「どん底、最低な状態、もう無茶苦茶で救いようがない」ってな奴。
で、この曲はもはや音楽というよりもナレーション+SEであり、まるでリアルなラジオドラマ。
女性の声で、眼の前で起きている信じがたく絶望的な眺めについて静かにゆっくりと(だからむしろ怖い)語られる。
恐らくそれは世界が核戦争か何かによって滅亡に瀕している姿だと思われるが、もしかすると単にロケットの打ち上げ風景なのかもしれず、そのあたりは不明。
巨大な火球がいくつも膨れ上がり、その爆発によるものすごい音圧がマイクロホンにもかかってくる。
静かな悲しみと強い喪失感。
そう、Kevin Moore の音楽の特徴はこの喪失感ってやつなのだ。
アルバムの最後でようやく本性が出てきたわけだが、これが高じたのか最近になって Kevin はUS本国に戻り、何と精神医学の博士号を取得してお医者さんになっちまうのだ。
興味深い人生を送っている人だなあ。
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