Isao Tomita – Snowflakes Are Dancing(1974)

IQ も In Flames もレビューを書くほど聞きこんでいないので、ここはぐぐっと原体験に遡って、冨田先生に登場してもらう。(Artist インデクスをA-Zまで埋める話ね)
冨田先生の冨の字は、上に点が無いから注意するように。そういえば高校時代の担任の先生も点が無い冨田先生だったな。
このアルバムは、中学校の音楽の時間に1時限丸々使って、音楽の先生による詳しい説明付きで聴いたのが最初。クラスの誰一人、シンセサイザーなんていう奇天烈な楽器を知らなかったので、たちまち大ブームになってみんなレコードを(学校経由の斡旋で)購入していた。でも僕のウチにはLPを聴ける設備が無かったので、悔しい思いをした。その反動なのか、高校入学が決まったときに親に頼み込んで、Roland のSH-5 という単音のシンセサイザーを買ってもらう。まあよくもこんな高価で、しかも一人で持っていてもロクに使えない楽器を無理言って買わせたもんだと思う。でもこのシンセで遊んだ経験が後に大学で信号処理やら音響学やらを専攻するきっかけになっているのだろうから、無駄にはなっていないのだろう。
ところで、単音しか出せないキーボードって、今の人は想像できないかもね。例えば最初にCを押し、そのままAを押すと、Cは鳴りやんでAだけが鳴る。これを利用すると、右手の親指でA、中指でC、小指でEを押したまま、順番にA、Cと離していくとAmの分散和音を「超高速に」弾くことができる。これで Deep Purple の Child in Time とか(ACEACEACEDCBACEACEDCBA)弾いて得意になっていたのだが、後に普通に和音を演奏できるキーボードを入手した際にこの指癖が当然邪魔になって矯正に苦労した。

Tr.4 Clair de Lune
ピアノで弾いても十分に映像的な曲だが、シンセサイザーで演奏すると、煌びやかなストリングスがオーロラのようにたゆたう中を黄金色の月の光が降りてくる様がくっきりとイメージされる。
さて、先生が用いたシンセサイザーは僕が買ってもらったやつとは比較にならない、高価で化け物のように巨大な機材なのだが、それでもやっぱり単音しか出せない。なので、多重録音で一つ一つの音色を重ねていくわけだ。当時の機材は全部アナログだから、音を重ねるにつれて、最初に入れた音はくすんできてしまう。従って、その劣化具合を予想して重ねる順序を考えないといけないそうだ。
骨格(ベーストラック)をざっくり吹き込んでから、細部を詰めていくという流れではなく、最終的な全体の完成図を脳裏に描きつつも、とても細かい細部から何か月もかけて少しずつ積み上げて作りこんでいくみたいな流れになるものと想像する。ってことは、この完成図を脳裏に描く構想力の強さが出来栄えを決定するわけで、やはり冨田先生は天才だと思う次第だ。

Tr.6 Sunken Cathedral
これも映像的な曲だ。海が割れて、鐘の音とともに沈める寺院が姿を現す。
2:19からの混成合唱は、今のシンセで弾くなら鍵盤を押すだけなんだが、前述のように一音ずつ録音して重ねているので、逆に不思議なリアル感が感じられる。
この冨田先生のような人声をアナログシンセで出そうとして、当時の人達はとても苦労したのだが、人の声を特徴づけている「フォルマント」というものがあって、最もシンプルに模倣しようとしても周波数が異なる2つの共鳴(フィルターのピーク)が必要になる。しかし当時の市販シンセはフィルターが1段しか無く、音色に2つのピークを持たせることはできなかった。先生が使用していた巨大機材はモジュラーシンセサイザーと呼ばれるもので、多数の電子回路モジュールの間を物理的に配線で繋げて楽器を組むという大変なもの。音色の切替は、モジュール毎のパラメータ修正(多数のツマミ)と配線変更で行うのだからとても時間がかかり、ライブで使うなんて不可能だった。その代わりに、フィルターを並列に多数並べて加算したり、やりたいことは何でもできる柔軟性を持っているので、少し理論がわかれば鬼に金棒だった。
脱線ついでに書くと、タンジェリンドリームというドイツのグループがいて、電子楽器の可能性を日夜追及していたわけだ。で、ある日彼らは面白い論文(多分大本の Chowning 先生ご自身の論文なのだろう)を見つけてきて、書かれた内容通りに発振器(VCO)の出力を別の発振器の音程制御信号(CV)として加えてみると、従来のシンセサイザーでは出せなかった金属的な(非整数次倍音を有する)音がでてきた。これを彼らは Linear FM 変調と呼んで自分達の音楽に利用した、ってな話が音楽雑誌(確かRockin’F)に紹介されていたのを記憶している。これが後のFM音源であり、YAMAHAのDX-7という世界中で大ヒットした楽器の発音原理。そういう実験をやるためには、モジュラーシンセサイザーというのは格好の機材だったわけだ。

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